
昨年ある雑誌の書評を見て、この村田沙耶香さんの「世界99」をずっと読みたいと思っておりました。なかなか時間とお金がなかったためようやく先月から読み始め、このほど読み終わりました。この本は
【第78回野間文芸賞受賞作】
【BSテレ東 第2回あの本、読みました?大賞 第1位】
【キノベス!2026 第1位】
なのだそうですが、どうしてもわたくしには理解できませんでした。
最近そういうことが多くなってきて、みんながいいと思うものを自分はいいと思えない。いいと思う気持ちがよくわからない。日曜日の選挙結果を見ても、自民党をいいと思う人がこんなにたくさんいたんだということが理解できない。わたくし自身がおかしいのか?意識高い系の人はきっとこういうのをきちんと読み説き理解できるのだろうけれど、字面を見ても読んでもわたくしには美しいとは思えず、買ったこの本をすぐにBook Offに売りたくなりました。
純文学というのは意外と性描写が多く、それが嫌いなのが理由かもしれない。人と交わり妊娠して子どもを産むということは普通だし、女性にとっては大変な出来事だと思いますが、これだって自分が選んでやってることだから誰かに責任があるわけではない。加えて言えば、出産及び育児は個々のプライベートな出来事で、いやなら生まなければいい。産んだら育てるしか仕方ありませんし、それが無理でも自身が全部かかえこまなくてもいい社会になりつつあるし。これにまつわる存在、特に「ピョコルン」のいる意味がわからなくて持っている特性や役割などについて、読んでいて悲しくなりました。一緒に物語に出てくる「ラロロリン人」や「ウエガイコク」やら「シタガイコク」の存在と区別を全864ページ読み終わった今???という感じ。
書かれている世界①②③とかなんとかは、社会で生きている人ならだれでも普通に使い分けているからわざわざこうして書く必要あるのだろうかとか。大人になれば、家族や恋人や友達だけとつきあうわけではないからそれなりの不自由さは皆が感じているという状況を、これほどひどく書く必要はないんじゃないかなとも。
帯に書かれている「この世はすべて世界に媚びるための祭り」。
これって当たり前ですわよね。
小学校6年生から中学校2年生くらいまで、わたくしは三島由紀夫にはまり、新潮社から出されている作品をほとんど読みました。もちろん三島作品にも多くの性描写がされていますが、今回読んだ世界99ほどの不快感を感じたことはありませんでした。その後も多くの作品を読みましたが、この話題の本には正直がっかりしました。これは年齢のせいかもしれないとも思うのと、こういう人がいいと思うものを理解できないことこそが、今のわたくしの仕事を成り立たせているのかもしれない。人がいいと思うものを一緒になっていいじゃん!なんて言ってたらダメなのかもよ。とブツブツ。
なんでこんなどうでもいいことをここに書いたかといえば、貴重なお金を捨ててしまったようで悔しい。図書館で借りて読めばよかった。


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